英国ヴィクトリア朝 — ラファエル前派と『不思議の国のアリス』が紡いだロリータ・ファッションの源流
ロリータ・ファッションのあの独特のシルエット、ふんだんにあしらわれたレース、そして「どこか凛とした少女の気品」。それらは一体どこからやってきたのでしょうか。
ルーツを辿っていくと、19世紀半ばから末にかけての英国 ヴィクトリア朝という時代に辿り着きます。
今回は、ヴィクトリア朝の衣裳文化、当時の美術界を揺るがした「ラファエル前派」、そして誰もが知る『不思議の国のアリス』というアイコンについて紐解いていきます。
1. 「少女という精神性・美しさ」の発見
現代のロリータファッションを愛用する人たちは、年齢に囚われずに自分の好きな世界観や「美」を貫き、自らの美学として洗練されたスタイルを身に纏っています。
実はこの「年齢や実用性にとらわれない、少女という存在そのものが持つ美しさ」という概念自体が生まれたのが、ヴィクトリア朝でした。
それ以前のヨーロッパの社会では、子どもは小さな大人として扱われ、一般家庭の多くでは子ども専用の服というものもなく、大人の服を小さくしただけのものでした。
しかし、18世紀後半から19世紀にかけて「少女期とは、純粋で無垢、守られるべき特別な存在」という大きな価値観の転換が起きます。(哲学者ルソーの影響もあるようです)
フリルやレース、ふんわりとしたシルエットで彩られた装いは、「無垢と静謐(せいひつ)」の象徴となりました。
大人になってもその美学を誇り高く身に纏う現代のロリータファッションの精神性は、まさにこの時代に立ち現れた「少女という精神性に宿る美しさの発見」と深く結びついています。
2. フリルとレースの立役者 — 「ミシン」という技術革新
ヴィクトリア朝の衣装文化を語るうえで欠かせないのが、産業革命による技術革新です。
産業革命期(19世紀前半)に登場した「ボビンネット機」などの巨大な機械織機(レース製造機械)によって機械製レースの大量生産が行われ、その後に発達したミシンが、そのレースや布をふんだんに使ったドレスの縫製(フリルやピンタックなど)の生産を支えました。
19世紀に登場したミシンは、20世紀の足踏みミシンと比べても、その姿や基本構造は驚くほど変わりません。実は1850〜1860年代のヴィクトリア朝時代に、ミシンのメカニズムはほぼ完成していたのです。

職人の手縫いでは膨大な時間がかかっていた何重にも重なるフリルなどを使うドレスの製作作業が、ミシンの普及によって均一な精度でデザイン可能になりました。
ロリータ服を象徴する豪華で繊細な装飾美は、ヴィクトリア朝の「技術革新」に、源流を見出すことができると言えます。
3. ラファエル前派と『不思議の国のアリス』が定着させたアイコン
この時代、美術と文学の世界でも「少女の精神性」が熱烈に追求されました。
少しマニアックな美術史の話になりますが、ヴィクトリア朝時代にラファエル前派という当時の若いアーティスト・グループが存在しました。
ジョン・エヴァレット・ミレイやダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(この人、婚約者を精神的に追い詰めたり、友人の奥さんを奪ったりとなかなか業の深いクズ男)といった画家たちは、中世的な物語や神話を背景に、どこかミステリアスで儚げな少女・女性たちを描きました。

ジョン・エヴァレット・ミレイ<<オフィーリア(1852年)>>

ジョン・エヴァレット・ミレイ<<初めてのお説教(1863年)>>
どこか凛とした気品や影を帯びた彼女たちの佇まいは、まさにクラシック・ロリータが纏う静謐な品格の原点ではないでしょうか。
そして、そのヴィクトリア朝の少女美学の決定版となったのが、1865年にルイス・キャロルが出版した『不思議の国のアリス』です。
キャロル自身もラファエル前派の画家たちと交友があり、写真家として少女たちの無垢な瞬間をフレームに収めていました。
画家ジョン・テニエルが描いたアリスの挿絵 — フリル付きのドレス、ひざ下丈のふんわりとしたスカート、ストライプのタイツ、ストラップシューズ。
私たちが「アリス服」と聞いて思い浮かべるこの装いは、ヴィクトリア朝が生み出した美意識の結晶であり、現代へ受け継がれる絶対的なアイコンとなったのです。
最後に:150年の時を超えて
「少女という精神性」の発見、ミシンによる繊細な服飾美の追求、ラファエル前派の耽美的な世界観、そしてアリスという永遠のアイコン。
ヴィクトリア朝というひとつの時代の中で、美術・技術・文学が交差して生まれた「無垢さと凛とした気品」は、150年以上の時を超えて現代を生きる私たちのロリー・タファッションの中にしっかりと息づいているのではないでしょうか。
次回は、このヴィクトリア朝の美学が19世紀末から20世紀初頭にかけてどのように変容し、「アール・ヌーヴォーの流線美とゴシック・アンド・ロリータ」へと繋がっていくのかを追っていこうと思います。
執筆者

アオキマサシ
美術検定1級アートナビゲーター
昔、大阪と名古屋でラジオ局のディレクター長いことやってました。
あいちトリエンナーレ2013メンバーでした。
書くことが好きです。