ロココ第4回最終回 「ロココ散る:王妃の画家ルブランと、革命の画家ダヴィッドが映した時代」

ロココ第4回最終回  「ロココ散る:王妃の画家ルブランと、革命の画家ダヴィッドが映した時代」

ロココ・コラムの4回目。今回でいよいよ最終回です。前回はマリー・アントワネット・スタイル展の様子をリポートしました。手縫いのドレスの精巧さや王妃失脚を狙ったスキャンダルの象徴である豪華な首飾りの眩しさ、そして囚人番号280番というあまりにも切ない現実の歴史について触れました。


ひとつ気になることを書き漏らしてまして、会場に入ってすぐに展示されているアントワネットの肖像画、まばたきして微笑んだんです。周りの人たちは、何も気づいてなかったのか、何事もなく通り過ぎていたので、私、ひょっとして普通じゃ見えないもの・・・を見てしまったのか!と若干ビビりながら黙って通り過ぎました。


確認すると、なんてことはないデジタル処理で「動く王妃の出迎え」のような演出だったようで安心しました。見えないものが見えちゃったら、これから美術展に行けなくなってしまいますからね。


最終回となる今回は、この絢爛豪華な時代を駆け抜けた「人々」と、歴史の激流の中で起きた「アートの決定的な大転換」に光を当ててみたいと思います。


王妃の素顔を描いた同い年の友人――ヴィジェ=ルブラン

マリー・アントワネットを語る上で欠かせないのが、宮廷画家のエリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランです。教科書などで誰もが一度は目にしたことがある「あの可憐で美しいアントワネットの肖像画」を描いた人物こそが、このルブランです。

当時は男性が圧倒的優位だった芸術の世界(王立アカデミー)にあって、彼女は圧倒的な才能とセンスで若くしてトップへ上り詰めた超エリート女性画家でした。もちろん王妃の口添えもありましたが。。。

そして何よりドラマチックなのは、ルブランとアントワネットが同じ1755年生まれの同い年だったということです。

二人は単なる「お抱え画家と王妃」という関係を超え、アトリエで一緒に歌を歌いながら絵を描いたというエピソードが残っています。ある時、妊娠中のルブランがうっかり筆を床に落としてしまった際、王妃自らかがんで筆を拾い手渡したという話もあるほど、互いを強くリスペクトし合っていました。

一人の女性としての柔らかい表情や肌の温もり、洗練されたドレスの質感を表現できたのは、同世代の友人であり、王妃一番の理解者だったルブランだったからこそと言えます。

SNS時代のインフルエンサー? 肖像画で流行を発信 

当時はSNSなどありませんから絵画というのが、流行を発信していくすべになるわけです。このルブランは、肖像画を通して発信するインフルエンサーのような立場だったのでしょう。



「下着姿」と大炎上!? 肖像画に見るイメージプロパガンダ

しかし、この二人の「仲の良さ」と「センス」が、思わぬ大炎上を引き起こした事件がありました。

1783年、ルブランがサロン(官展)に出品した『白いモスリンドレスを着たマリー・アントワネット』という作品です。王妃は離宮プチ・トリアノンで過ごすような「自然体でナチュラルな私」を見せようとしたのですが、世間の反応は最悪・・・。

当時、パリの街頭では王妃を性的に貶める酷い風刺画が出回り始めていた時期でもあります。

そこへきて、薄手の綿(モスリン)のドレスを着た王妃の姿は「王妃が下着姿(部屋着)で公に晒されている」「フランスの伝統産業であるシルクを無視して外国の綿を着る国賊」と猛バッシングを受け、絵はわずか数日で撤去に追い込まれてしまったのです。

そこでルブランが大急ぎで描き直したのが、代わりに出品された『薔薇を持つマリー・アントワネット』です。

ポーズは『白いモスリン』と全く同じなのに、衣装だけを「伝統的で重厚なフランス産シルクのドレス(ローブ・ア・ラ・フランセーズ)」に着替えさせ、「威厳ある伝統的な王妃」として再提出しました。

現代で言えば、「SNSで炎上したPR画像を、同じ構図のままフォーマルな衣装に差し替えて火消しを図った」ようなものです。絵画とは単なる芸術ではなく、世論との戦いであり、政治的なプロパガンダ(PR)ツールだったことがよく分かる、興味深いエピソードです。

ルブランは、革命派の市民に狙われるようになり、身の危険を感じ亡命しました。その時のエピソードがあり、ルブランの近隣住民でよく知る人物が、革命派でありながら小声で「自分の馬車ではダメです。辻馬車を使って逃げなさい」と助言してくれたと回想しています。


命をかけた情熱と「運命の24時間」

しかし、どれほどイメージ戦略を図ろうとも、革命の嵐を止めることはできませんでした。

王妃の側には、絶望的な状況の中で命をかけて王妃一家を救おうと奔走したスウェーデン貴族、フェルゼン伯爵がいました。彼が計画したのが、歴史に刻まれる「ヴァレンヌ逃亡劇」です。今のお金に換算して150億円もの大金を費やした計画でした。

この緊迫した逃亡計画と失敗のプロセスを圧巻のリアリティで描いたのが、中野京子先生の書籍『マリー・アントワネット 運命の24時間』(2012年)です。

アントワネットの愛人(当時は愛人を持つことは普通)フェルゼン伯爵によって綿密に組まれた逃亡のタイムライン、当初は二人乗りの馬車でスピード優先の計画が、家族一緒に巨大な馬車で逃亡という誤算、なによりルイ16世が役職手当をもらうことを待ったため日程が大幅に遅れたこと、そして時間のズレと行き違いによって運命が暗転していく様は、ヘタなサスペンス小説を遥かに凌ぐ緊迫感で迫ってきます。非常に面白いです。

逃亡の記録が克明に記載されていた

この本を読んで知ったことなんですが、ルイ16世はかなりのメモ魔。狩猟に行った時も「何時何分何を仕留めた」と書き留めるほどで、この脱出劇の時も、休憩時間、中継地点到着時間など、こと細かく時間をメモしてあり、かなり詳細な逃避行の真実が残されているそうです。。

しかし、なぜ、ルイ16世は、途中でフェルゼンを追い払ったのか?男の嫉妬なのか?もっと緊張感を持って突っ走れば、遅れることもなかったろうに。。。いろんな考えが浮かんできます。

展覧会で囚人番号280でのアントワネットの姿をみると、この本で感じた歴史の生の息遣い、残酷さに複雑な感情になりました。


対極の二人――ルブランとダヴィッドが映す時代のうねり

逃亡劇の失敗、そして王と王妃の処刑。このフランス革命という劇薬によって、ロココ文化は突如として強制終了させられました。

鈴木杜幾子氏の著書『画家たちのフランス革命』でも語られますが、ここで極めて興味深いのが、当時の絵画界における「王党派のルブラン」と、「革命派となった後、なんとナポレオンの御用絵師となったジャック=ルイ・ダヴィッド」という二人の天才の対比です。

ここ歴史のおもしろいところです。フランス市民革命で共和制を求めたのに結局、ナポレオン・ボナパルトが登場すると、彼は皇帝になってしまった、そしてダヴィッドは・・・革命派だったのに・・・という落ちみたいな事実です。






ヴィジェ=ルブラン      

ジャック=ルイ・ダヴィッド

政治的立場

王党派(アントワネットの宮廷画家)

革命派 ➔ ナポレオンの御用絵師

画風・様式

 ロココ(繊細・優美・パステルカラー)

新古典主義(厳格・力強い・男性的)

革命後の運命

亡命し、ヨーロッパ各地の王侯貴族を描き生き延びる

革命推進派として活動後、ナポレオンの戴冠式を描く


ロココとは、ヨーロッパの歴史上において事実上初めて「女性が主導し、女性の美意識が衣食住や空間すべてを支配した総合カルチャー」でした。

しかし革命後、フリルやパステルカラーに彩られたロココは「王政の悪徳と贅沢」として激しく攻撃され、否定されます。そして混乱の末にナポレオンが登場すると、時代は古代ローマのような規律、英雄、国家への忠誠を称える「男性的な新古典主義」へと大きく舵を切ったのです。

女性的な甘美さ(ロココ)から、男性的な厳格さ(新古典主義)へ。アートのスタイルが一変した背景には、これほどまでに生々しい政治と社会の激動がありました。


おわりに

散っていったロココ文化ですが、それは決して滅び去ったわけではありません。

ルブランが残した優美な肖像画、宮廷の職人たちが命を吹き込んだドレスやジュエリー、そして時代に翻弄された人々の熱いドラマは、今も変わらず私たちの心を惹きつけて離しません。現代のハイブランドのコレクションやストリート、ロリータファッションの中にまで、その美学は脈々と受け継がれています。

「昔のアートの面白さは、政治や社会の流れと密接に結びついていること」。

展覧会で目にしたひとつのドレスや肖像画の向こう側には、こんなにも豊かな歴史のドラマが広がっています。4回にわたってお付き合いいただき、ありがとうございました。

ちなみに私はルブランが大好きです。ご本人が美しい!描く絵も優しい雰囲気。


次回からはビクトリア朝の文化からアール・ヌーヴォーまでをつらつらと書いてみようかと思います。 最後まで読んでいただきありがとうございました。


参考資料

・「マリー・アントワネット 運命の24時間」 中野京子著 朝日新聞出版 2012年

・「画家たちのフランス革命」鈴木杜幾子著 kadokawa 2020年


執筆者

アオキマサシ

美術検定1級アートナビゲーター

昔、大阪と名古屋でラジオ局のディレクター長いことやってました。

あいちトリエンナーレ2013メンバーでした。

書くことが好きです。

https://flat-artlabo.com/ 





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