不思議の国のアリス~変化する主人公の姿

不思議の国のアリス~変化する主人公の姿

ルイス・キャロルのアリス

まだまだ暑い日が続いていますがいかがお過ごしでしょうか?10月ごろまで平年よりも気温は高い予想だそうで、こういう時は涼しい美術館で過ごすのもおすすめです。

美術館って企画展で、他から作品を借りる場合は、展示空間の温度湿度設定まで契約に含まれることもあるので、会場に入ってずいぶんと涼しいなと感じたときは、そういうことなのかもしれません。

私もある美術館でそう感じたことがあって、聞いてみたら「なるほどそういうことなんだ!」と教えてもらったことがあります。豆知識でした。

さて「不思議の国のアリス」展は松坂屋美術館で921日(土)まで開催しています。ちょうど3連休の初日ですね。

これまで、2回にわたって「不思議の国のアリス」展に絡めてブログを書き進めてきました。今回はその3回目。

 

主人公アリスの挿絵についての考察です。加えて20世紀に入ってから制作された多様化したアリスの挿絵をいくつか紹介します。 

まずは、これまでも紹介してきたルイス・キャロルの手によるアリス。

ルイスとその友人が、186274日、実在の人物で物語のモデルとなったアリス・リデル(当時10歳)とボート遊びに行ったときに即興で語られた物語をベースにして作られた「地下(地底)の国のアリス」の挿絵です。

 

このルイス作画のアリスは、ある美術集団の影響があると考えられています。

 

ルイス・キャロルとラファエル前派

ルイスは、幅広い知識を持ち、美術に関してもかなり興味を持つ人でした。

ちょっとマニアックで、小難しいアート話です。オリジナルのアリスの容姿にとって結構大切だと思っているので、できれば飛ばさずに読んでもらえると幸いです。

ルイス・キャロルは、美術に関しては同時代に生きた「ラファエル前派」という集まりがお気に入りでした。

なんだそれ?と思う方も多いでしょう。

例えば、モネやルノワールの「印象派」とか聞いたことありませんか?

美術の世界は、~派というのがとても多く登場します。(まあ、派閥ですかね)

~派というのは、絵画についての考え方や手法などについて共感し、同じような方向性をもつ画家の集まりと考えれば良いかと思います。

 

ビクトリア朝時代の英国美術界の重鎮たちは、ルネサンス(1516世紀くらい)の3巨匠のうちのひとり「ラファエル・サンティ」を模範として、そのような絵画しかなかなか認めようとしなかったのです。(3巨匠の残りふたりは、レオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロ・ブオナローティ)。

するとやっぱり、若い画家のなかには不満を持つ者たちがでてきますよね?自分なりの主張があって美術をやってるわけですから。

そうして、「もう自分たちの美術をやっていきますわ!」とダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ジョン・エヴァレット・ミレイ、ウィリアム・ホルマン・ハントの3人の画家は「ラファエル前派」を名乗り活動していきました。

どんな考え方かというと中世や初期のルネサンスの作風に回帰するというもの。

ちなみにメンバーのひとりジョン・エヴァレット・ミレイの<オフィーリア>は、ビクトリア朝時代の英国で、もっとも素晴らしい作品とも呼ばれています。お暇があるときに検索してください。(注意:<種をまく人>のミレーとは違う)

 

写真家としても活躍していたルイス・キャロルは、このラファエル前派と付き合い、メンバーの写真も撮影していたそうです。

そこでアリスの容姿についての関係性があるのでは?と推測できるわけです。

このラファエル前派のメンバー、特にダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(仰々しい名前です)は、ふたりの女性を何度も描いているんですね。どういう関係だったかはお察しください。また、彼らのミューズでもありました。

 

こちらロセッティ1863年の作品。のちにロセッティと結婚する女性です。シンプルな装いに、髪は少しウェーブがかかっているように見えます。ちょっと宗教的にも感じます。もうひとつ。

 

 こちらもロセッティ作。さっきの作品とは別の女性モデルで、1859年ごろからずーーーっとロセッティと関係のあった人。(この作品の制作は不思議の国のアリス出版より後)

手に持っている果物はザクロ。意味は永遠の愛.

 

このモデルの女性はダンテ・ゲイブリエル・ロセッティとそういう関係。当然、ラファエル前派と親交あったルイス・キャロルもそこは感じ取っていたことでしょう。

ルイス・キャロルは個人的に「ラファエル前派」に共感を感じていた。そして、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティは自らのミューズを描き続ける。

同じように不思議の国のアリスの主人公となったアリス・リデルはルイスにとってミューズのような存在だった。(のちの手紙でそこは判明しています)

そしてなにより、この本(地下の国のアリス)がアリス・リデルへのとっても個人的な贈り物だったこと。そこには自分の美学、こうであってほしい思いを伝えたかったのでは?

それを踏まえると「ラファエル前派」に強いを影響受けつつアリスを自分で描いたと考えられるのでは。ただ、画力がちょっと。。。私もひとのこと言えませんが。

彼の描いた「地下の国のアリス」の主人公は、エプロンもつけず服もシンプルでかわいさとかは感じません。髪はウェーブ。素朴な感じです。

「不思議の国のアリス」の実在のモデルのアリス・リデルと、ルイスの作画アリス・・・似ても似つかぬ感じです。以下がアリス・リデルの画像。

 

こちらは、ルイス・キャロルが撮影したアリス・リデル。なんというかアリスの魅力を引き出そうという意気込みを感じます。

 

すみません。私、熱が入ってしまい、ちょっぴり小難しい話になってしまいましたが、「不思議の国のアリス」展に行って考えたりしていると、最初期のアリスの容姿はどこからきたのかな?と思い、資料を探しまくって読んでみたりすると、このあたり触れておきたいなと感じまして。

 

増殖するアリスを描いた作家たち

出版160周年「不思議の国のアリス」展では、ジョン・テニエル、ハリー・シーカー、ジョン・マックファーレン、ディズ・ウォリスの4人の挿絵を紹介していますので、このパートでは、他の作家も紹介していきます。

まず、出版の権利が切れてから、いろんな出版社からたくさんの不思議の国のアリスが発売されました。

・代表的なのがアーサー・ラッカム。

右下から左上への対角線構図のアリスとそれを取り巻くトランプ。描く線も柔らかくて服も自然な動きを感じます。が、なんとなく色合いが不穏な空気を感じさせます。

手足が長くて、少し大人びたアリスで、落ち着いた少女かなという印象を与えます。セピア調の色合い、それから絵にとても「動き」を感じるので、わたくし、このアリス大好きです。あなたはどうですか?

なんでも1907年発表当時は、オリジナルのイメージをここまで変化させたのは素晴らしいという評価の一方で、アリスのイメージとかけ離れていると大批判も浴びてしまいました。

「鏡の国のアリス」の新たな挿絵も頼まれましたが、現代でいうあまりの誹謗・炎上ぶりに「もう嫌だよ!」とお断りになったというエピソードが残っています。

古参のファンは変化を認めなかったりしますからね、それは音楽でもよく起こることですよね。

 

 

・チャールズ・ロビンソン

 さきに紹介したアーサー・ラッカムと同じ年に出版されています。 まさにかわいいという言葉がぴったりなアリス像ですよね。

アリスの髪型が、ルイス・キャロルとボート遊びに行った頃のアリス・リデル(アリスのモデルとなった)とおなじような雰囲気です。アリス初のおかっぱ頭での出版となりました。

ただ、オリジナルの「不思議の国のアリス」より、もう少し年下の子どもという印象を受けます。

また、オリジナルのアリスを見ていると、「おてんば、気の強さ、好奇心旺盛、大人ぶる」そういった言葉が浮かぶと思いますが、チャールズ・ロビンソンのアリスはあまりそういうことは感じませんね。モダンといえばモダンですね。

 

・面白いところでサルバドール・ダリ。

グニャっと溶けた時計の絵見たことありませんか。「記憶の固執」という絵です。あの美術家です。シュルレアリスムという美術動向の真っただ中にいた人物。

(近いうちにアリスとシュルレアリスムの親和性についても書いてみたいと思います。今年はダリの生誕120年記念の年でもありますし。シュルレアリスムという動向が誕生して100年でもあります。)

こちら、ダリ撮影の画像で著作権放棄したものです。「記憶の固執」の時計の部分だけのブロンズ像。(ポーランドにあるようです)

 この方も実は「不思議の国のアリス」の挿絵を描いているんです。残念ながら画像はまだ権利が切れていないと思われるので掲載できません。

1969年に2500部ほどだけ出版された限定版画集として発売されたもので、もちろん「不思議の国のアリス」の挿絵です。ダリの世界観とルイス・キャロルの世界観を混在させた挿絵となっています。

一部ずつ、凝った技法で刷られていて、今でも高い値段で流通しています。

 不思議の国のアリスの12編に合わせ、夢で見たイメージのような絵が描かれています。アリスは、はっきりとわかる主人公、子どもではなく、縄跳びをする女性として12枚の挿絵に登場。

主人公のアリスは、挿絵の隅に小さく位置していたり、傍観者として描かれているのではと感じました。

とてもカラフルですが、今まで見てきたアリスの物語とは全く違う印象です。

 

以上で今回のブログはおしまいです。

初期のアリス像はどこから来たのか?また変化していくアリス像を紹介しました。

アリスを調べ始めると、この人が挿絵書いてるのとか、翻訳しているのかとか、そういう出会いがたくさんあります。

アリスと日本なんて書いてみたいなぁ。挿絵かわいいの多いのです。

ほかにも影響を受けた音楽もあるんです。

また、そのような部分にも触れていけたらと思っています。

 

参考文献

・「ダリ展2016カタログ」編集国立新美術館、京都市美術館、出版読売新聞東京本社、2016年。

・「アリスのワンダーランド」著者キャサリン・ニコルズ、ゆまに書房、2016年。

・「表象のアリス」著者千森幹子 法政大学出版局、2015年。

・「ルイス・キャロル ハンドブック」編集安井泉、七ツ森書館、2013年。

 

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執筆者 

青木 雅司

美術検定1級アートナビゲーター

画像の左上が私です。こういう画像をたまに制作しています。

アクリル絵の具を使ったマーブリングを撮影して、自分で撮った画像と組み合わせています。

昔、大阪と名古屋でラジオ局のディレクター長いことやってました。

あいちトリエンナーレ2013の広報メンバーでした。

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